近畿楽寿観音三十三ヶ寺霊場会 本文へジャンプ

高野山真言宗 兵庫県赤穂市東有年黒沢  TEL.(0791)49-2561
            
 本 坊  東有年片山  TEL.(0791)49-2621

弘法大師開基の寺 義士の町赤穂城へは車で15分
JR有年駅より中腹の養鶏場までタクシー10分


本尊 千手観世音

開基 弘法大師

建立 大同元年


     縁起
 

光明寺は大同元年に弘法大師が開かれた名刹です。寺伝によりますと、大師が唐より帰京の後、播磨に遊行され、泊まられた宿の老婆から、行基菩薩が使用されたという鉄鉢を献上されました。
 
 
 大師はその奇縁を深く憾じられて、西の方を眺められますと、山上に紫の光が空に輝いています。光を尋ねて山を登られると、頂上には嶺が広く、大地を取り巻く形が、開いた蓮の形に似ています。大師はこれこそ密教の霊地に適していると歓喜されて側の霊木で、背丈三尺余の千手観音菩薩を刻まれ、伽藍を建立されたのです。又山内には黒色の霊水を満たした沢があり、其の水口に龍蛇が現れて大師に末代までの護法の誓約をしたと申します。このことから、黒澤山と号し、紫の光から光明寺と名付けられました。

 以来、代々の輪首を賜って鎮護国家の霊場として、後醍醐天皇が隠岐の島へ配流の時の宿と成る程に栄えました。しかし戦国末期の尼子の兵乱には、一山ことごとく焼かれ、その後復興はしましたが、幾多の変遷に山上の不便さもあって、文政二年に山麗の地へ移りました。跡には奥の院として広い境内の中に、大師を祭る御堂と楽寿観音が祭られており、当時の面影が忍ばれます。


弘法大師の開かれた寺

 334mの山頂にありますが、有年駅から中腹の養鶏場までタクシーで10分、さらに寺まで700mですが、四輪駆動車なれば山上駐車場まで行けます。
 戦国時代、尼子の乱でことごとく焼かれましたが、当時の三十三ヶ寺の寺跡が今も残っています。
 寺からの眺望は素晴らしく、ガスの少ない時は、北は氷ノ山、南は淡路島、家島まで見渡せます。
 山頂ですが、清水が湧き出ていて水で困った事はありません。
 義士の町赤穂城へは山麓から車で15分です。


   
お問い合わせ先  霊場会事務局 覚伝寺(TEL 0740-25-2217)E-mail kensho@ex.bw.dream.jp

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